浦添ようどれと浦添城跡

2019年6月18日

那覇市の南側に隣接する浦添市。

琉球王朝発祥の地です。

浦添(うらそえ)の語源は、津々浦々を襲い支配する様子を表した、”浦襲い(うらおそい)”だと言われています。

そんな浦添市に、”浦添ようどれ”と”浦添城跡”があります。

浦添は”てぃーだ”又は”てだこ”と呼ばれています。

沖縄の方言で、”てぃーだ”は太陽、”てだこ”は太陽の子という意味です。

どちらも浦添城に居城していた13世紀後半(その頃日本は鎌倉時代ですね)に琉球国中山王であった英祖王の逸話にまつわる呼称です。

英祖王が生まれる際に、母親が太陽を、飲み込み夢を見たことから、太陽の子であるとされました。

それが現在まで、浦添市の呼称として残っているのです。

この英祖王の墓が、”浦添ようどれ”です。

ようどれとは沖縄の方言で、夕凪の事です。

西側の室に英祖王が葬られ、東の室には英祖王の墓を改修した尚寧王とその一族が葬られています。

尚寧王は英祖王の300年ほど後に国王になった人物です。

血縁ではありませんが、英祖王と同じく浦添の出身なのです。

尚寧王は、琉球王国が薩摩に侵攻され支配された時の王で、本来は歴代第二尚氏は首里城近くにある玉陵(たまうどぅん)に葬られるのですが、侵略された事の責任を取って玉陵には入らなかったと伝えられています。

墓の中は見る事ができませんが、少し離れた所にある、”浦添グスク・ようどれ館”に行くと、墓の中を実寸大で再現したレプリカをみる事ができます。


 
”浦添ようどれ”を出て上に登って行くと、”浦添城跡”があります。

浦添市は、太平洋戦争、沖縄戦の激戦地でしたので、城壁も壊され一部しか残っていません。

城壁の上の方に上がって行くと、開けた広場のような所があります。

ここからの眺めが、素晴らしいです。

周りの風景はだいぶ変わっているでしょうが、英祖王もここからの眺めを楽しんでいたんでしょうね。

この丘陵一帯は、前田高地と呼ばれています。

沖縄戦では激戦の舞台となりました。

米軍からはハクソー・リッジと呼ばれていたこの丘の制圧を巡る戦いで、日米共に多くの犠牲者を出したようです。

このハクソーリッジの戦いは、メルギブソンが監督を務めた、アメリカの映画、「ハクソーリッジ」に描かれれています。

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”浦添ようどれ”と、”浦添グスク・ようどれ館”は少し離れた場所にあります。

”浦添グスク・ようどれ館”から”浦添ようどれ”へ行く場合、公園内を通っては行けません。

一度一般道に出て、2,3分ほど歩いて行くと、ようどれの入り口に着きます。

両方に駐車場がありますので、車の方は車で移動しても良いと思います。

また浦添ようどれと浦添城跡は、ほぼ同じ場所にあります。

少しわかりにくいのでご注意を。

浦添ようどれ、浦添城跡

住所:〒901-2103 沖縄県浦添市仲間53

浦添グスク・ようどれ館

住所:〒901-2103 沖縄県浦添市仲間53 二丁目53-1
電話:098-874-9345
営業時間:09:00-17:00
入館料:大人100円、小中学生50円
    (市内小中学生は無料
休業日:月曜日・12月28日~1月3日
駐車場:有
アクセス:琉球バス交通 牧港線(55番) 仲間バス停から徒歩5分

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